神埼地区保護司会

「バトンのようにつながって」

 

”社会を明るくする運動”作文コンテスト
『バトンのようにつながって』  三田川小学校6年 中森舞桜(当時)

 

 私の母は、にん婦さんを助ける仕事をしています。にん婦さんの体に負担がかかる仕事を代わりにやっています。にん婦さんがいる職場がいくつかあり、毎日ちがう職場に行くこともあります。
 いろいろな職場に行ったり来たりしていて大変そうに見えたので、母に「いろいろな職場に行って大変じゃないの。」とたずねました。すると母は、私がおなかの中にいた時のことを話してくれました。体調が悪い時にみんなが声をかけてくれたこと、休んでいいんだよ、と声をかけてくれたり、いやな顔一つせずに代わりに仕事を引き受けてくれたこと。そしてそれが本当にうれしかったから、いつかだれかにお返しをしようと思ったそうです。だから自分のできるはんいのことで仕事を引き受けていると言っていました。
作文 「バトンのようにつながって」
 続けて母は、私が産まれてからのことも話してくれました。遠くの実家に私を連れて二人で帰ったとき、ベビーカーとたくさんの荷物を持っていた母に、通りかかった人が「荷物を持ちましょうか。」と声をかけて手伝ってくれたそうです。しかも何人も。だから母も、スーパーなどで小さな子どもを連れて重い物を持って困っている人を見かけたときには声をかけたりしているそうです。
 その話を聞いて私は、家族や友達、先生だけでなく、実にいろいろな人たちに助けられて大きくなったんだな、と思いました。それと同時に自分が助けてもらったことを忘れずに他のだれかにお返しをしていくことがまるでバトンをうけわたすようだと思いました。

作文 「バトンのようにつながって」

 私は今まで困っている人を見かけても、声をかけるのをためらってしまうことが何回もありました。かえってめいわくになるかな、とか、ことわられたら気まずい思いをするかな、と考えたり、何をしたらいいかわからなかったりしたからです。だけど私も家族や友達、先生、地域の人、見知らぬ人たちにたくさん助けられて生きている――。下校中にとつぜん雨が降ってきた時に、友達が「いっしょに帰ろう」。と声をかけてかさに入れてくれたこと。係の仕事を一人でしていて時間がかかっていた時に、友達が声をかけて手伝ってくれたこと。困っていたり、なやんでいた時、先生や家族、友達が話を聞いてくれたこと。地域の人々が登下校の時に「おかえり」。と声をかけて安全を見守ってくれていること。たくさんたくさん助けてもらっている。だからこれからは少し勇気を持って困っている人に話しかけてみよう。何をしたらいいのかわからなかったら「何か手伝えることはないですか」。ときいてみよう。自分ができることを、相手の立場や気持ちを考えてしてみよう。今まで私のところで止まっていたバトンをだれかにわたそう。そしたら親切のバトンはきっとつながっていく。
社会で親切のバトンタッチが増え続けていけば、社会はやさしさであふれていくと思います。ずっとずっと先の未来まで、たくさんの人が笑って過ごせるように、親切のバトンをつないでいけたらいいな、つないでいきたいなと思います。
作文 「バトンのようにつながって」


 
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